2023年04月20日
第四話 殺人鬼と幽霊2
2
殺人鬼は殺した人間の幽霊に恨まれる――そんなことがあるという質問ならば、答えはイエスだと思いたいところだ。何故なら殺人鬼を最後に見たことは明らかであり、誰が自分を死に至らしめたかが容易に分かるからだ。つまりは、誰に行けば呪うことが出来るのかが、簡単に分かるはずだ――ということでもある。
かつては、割と本気で幽霊の証言を取れないかなどと考える警察幹部も居たらしい。そりゃあそう思うのも無理はない、何故なら殺人鬼をその目で見ているのだから……。しかし、死人に口なしという言葉がある以上、どう足掻いてもそれを実現することは叶わなかった。
当たり前と言われればそれまでなのだけれど、幽霊の言葉を聞き取ったとして、それが本人の言葉である証明は、誰にも出来やしない。それは心霊探偵たるあの男でさえ難しい。あいつは一応、誰の声だとかは聞き取れるし判別も出来る。けれども、一般人には難しい。
「……殺人鬼は、恨まれるものだよ。そればっかりは分かり切っている話だ。あたしもそれをとやかく言うつもりはないし、言ったところで何も代わりはしない――けれどね」
自称殺人鬼は良く喋るものだ。
もしかして、自分語りが好きなのだろうか?
あんまりぼくとは仲良くなれない気がするけれど。
「けれど?」
「あたしだって、ナーバスになるときはあるのさ。というか、楽しく人殺しをしているように思われているのが腹が立って仕方がない」
じゃあ、泣きながら人を殺しているのか?
だったら、殺人なんてしなければ良いのに。
「今、殺人なんてしなければ良いのに、なんて思ったか? だとしたら、そいつは間違いだな。あたしは別にやりたくもない殺人をしている訳ではねーからな」
「じゃあ、したくてしたくてたまらない、ということかな?」
それって立派な病気じゃん。
きちんと治療するべきだと思うけれどな。
「そうだよ。殺人鬼というのは、なりたくてなった訳じゃない。そいつは二流だな。なる理由が見つかっちまうんなら、そいつはやっぱり二流だよ。けれども、あたしみたいな一流の殺人鬼は違う。……どうしてそんなことになっちまったのか分からない、それが一流の殺人鬼だ。そう思うけれどね、あたしは」
何だよ、一流の殺人鬼って。
そんなことを言っている時点で、やはりちょっと普通の人間では追いつかない範疇であることは間違いない。
「一流の殺人鬼が、どうしてこんな凡人の部屋にやってきたんだ? 何か理由でも?」
「……バベルプログラムを忘れた、なんてことは言わせないつもりだけれど?」
バベルプログラム。
最早呪いの類いかと思うぐらい、最近聞く話だ。ハッピーハッピー研究所の所長もそうだったらしいし、そもそもぼく自身がプログラムの落伍者だ。そこに関しては偽の情報を言う必要もないし、言ったところで何の意味もない。
さりとて、バベルプログラムに何の意味があったのか――それを未だに語ることの出来る人間がどれだけ居るだろうか、さっぱり分からない。
バベルプログラムは、数年前に綺麗さっぱりなくなってしまった――らしい。何故らしいと言い切れない形での明言となってしまうかと言うと、つまりは最後の最後までぼくがプログラムに参加していなかったからだ。
参加していなかった、というよりは解雇させられたと言えば良いか。
或いは、自ら辞表を提出したとも言える。
答えはどちらでもないし、今更それを明言するるつもりなど全くないのだけれど、結局のところ、バベルプログラムに関する記憶などそう残っている訳もなく、人に会うたびにそんなこともあったななどと思うことしか出来ない。
凡人だったから、仕方ない。
バベルプログラムは、各個人に特異な才能を植え付けることを目的としていたし、その中でもぼくは才能を手に入れることは出来なかった。そもそも、最後までプログラムに参加していなかったのだから、それは仕方ないことだった――のだと思う。多分ね。
しかし、バベルプログラムが解散してしまったということは……何かしらの目的は達成した、ってことなのだろうか? 聞いたことはないし、聞く意味もないし、聞く理由もないけれどね。
「バベルプログラムに参加したのは、気の遠くなるぐらい昔だ。だから、それを今更蒸し返したって、致し方ないところはあるはず。分かってくれるだろう?」
「いいや、分からないね」
一蹴されちまったよ。
まさか殺人鬼に意見を批評されてしまう日が来るとはね。人生、生きてみると色んなことがあるもんだ。分からないものだね。
「……で、話を戻して良いかな?」
殺人鬼が本題を切り出すとはね。
確かにこのまま押し問答を続けてしまったならば、永遠に話が進まない気がする。幾ら電子媒体でページ数が関係ないからって、こんな意味のない話を延々と続けられてしまっては、読む人も飽き飽きするだろう。
「何だったかな? 殺人鬼が自首したいって話?」
「今すぐ斬首してやろうか?」
物騒だな!
そこは流石殺人鬼って感じだけれど。
「それとも首吊りが良いか? 介錯でも構わないぞ?」
何で首限定なんだよ!
首を切りたいだけなのか?
それとも首限定の殺人鬼なのか? ……いや、他の部位に特化した殺人鬼が居るのか知らないし、知りたくもないのだけれど。
posted by 巫夏希 at 22:40| Comment(0)
| 心霊探偵
第四話 殺人鬼と幽霊2
2
殺人鬼は殺した人間の幽霊に恨まれる――そんなことがあるという質問ならば、答えはイエスだと思いたいところだ。何故なら殺人鬼を最後に見たことは明らかであり、誰が自分を死に至らしめたかが容易に分かるからだ。つまりは、誰に行けば呪うことが出来るのかが、簡単に分かるはずだ――ということでもある。
かつては、割と本気で幽霊の証言を取れないかなどと考える警察幹部も居たらしい。そりゃあそう思うのも無理はない、何故なら殺人鬼をその目で見ているのだから……。しかし、死人に口なしという言葉がある以上、どう足掻いてもそれを実現することは叶わなかった。
当たり前と言われればそれまでなのだけれど、幽霊の言葉を聞き取ったとして、それが本人の言葉である証明は、誰にも出来やしない。それは心霊探偵たるあの男でさえ難しい。あいつは一応、誰の声だとかは聞き取れるし判別も出来る。けれども、一般人には難しい。
「……殺人鬼は、恨まれるものだよ。そればっかりは分かり切っている話だ。あたしもそれをとやかく言うつもりはないし、言ったところで何も代わりはしない――けれどね」
自称殺人鬼は良く喋るものだ。
もしかして、自分語りが好きなのだろうか?
あんまりぼくとは仲良くなれない気がするけれど。
「けれど?」
「あたしだって、ナーバスになるときはあるのさ。というか、楽しく人殺しをしているように思われているのが腹が立って仕方がない」
じゃあ、泣きながら人を殺しているのか?
だったら、殺人なんてしなければ良いのに。
「今、殺人なんてしなければ良いのに、なんて思ったか? だとしたら、そいつは間違いだな。あたしは別にやりたくもない殺人をしている訳ではねーからな」
「じゃあ、したくてしたくてたまらない、ということかな?」
それって立派な病気じゃん。
きちんと治療するべきだと思うけれどな。
「そうだよ。殺人鬼というのは、なりたくてなった訳じゃない。そいつは二流だな。なる理由が見つかっちまうんなら、そいつはやっぱり二流だよ。けれども、あたしみたいな一流の殺人鬼は違う。……どうしてそんなことになっちまったのか分からない、それが一流の殺人鬼だ。そう思うけれどね、あたしは」
何だよ、一流の殺人鬼って。
そんなことを言っている時点で、やはりちょっと普通の人間では追いつかない範疇であることは間違いない。
「一流の殺人鬼が、どうしてこんな凡人の部屋にやってきたんだ? 何か理由でも?」
「……バベルプログラムを忘れた、なんてことは言わせないつもりだけれど?」
バベルプログラム。
最早呪いの類いかと思うぐらい、最近聞く話だ。ハッピーハッピー研究所の所長もそうだったらしいし、そもそもぼく自身がプログラムの落伍者だ。そこに関しては偽の情報を言う必要もないし、言ったところで何の意味もない。
さりとて、バベルプログラムに何の意味があったのか――それを未だに語ることの出来る人間がどれだけ居るだろうか、さっぱり分からない。
バベルプログラムは、数年前に綺麗さっぱりなくなってしまった――らしい。何故らしいと言い切れない形での明言となってしまうかと言うと、つまりは最後の最後までぼくがプログラムに参加していなかったからだ。
参加していなかった、というよりは解雇させられたと言えば良いか。
或いは、自ら辞表を提出したとも言える。
答えはどちらでもないし、今更それを明言するるつもりなど全くないのだけれど、結局のところ、バベルプログラムに関する記憶などそう残っている訳もなく、人に会うたびにそんなこともあったななどと思うことしか出来ない。
凡人だったから、仕方ない。
バベルプログラムは、各個人に特異な才能を植え付けることを目的としていたし、その中でもぼくは才能を手に入れることは出来なかった。そもそも、最後までプログラムに参加していなかったのだから、それは仕方ないことだった――のだと思う。多分ね。
しかし、バベルプログラムが解散してしまったということは……何かしらの目的は達成した、ってことなのだろうか? 聞いたことはないし、聞く意味もないし、聞く理由もないけれどね。
「バベルプログラムに参加したのは、気の遠くなるぐらい昔だ。だから、それを今更蒸し返したって、致し方ないところはあるはず。分かってくれるだろう?」
「いいや、分からないね」
一蹴されちまったよ。
まさか殺人鬼に意見を批評されてしまう日が来るとはね。人生、生きてみると色んなことがあるもんだ。分からないものだね。
「……で、話を戻して良いかな?」
殺人鬼が本題を切り出すとはね。
確かにこのまま押し問答を続けてしまったならば、永遠に話が進まない気がする。幾ら電子媒体でページ数が関係ないからって、こんな意味のない話を延々と続けられてしまっては、読む人も飽き飽きするだろう。
「何だったかな? 殺人鬼が自首したいって話?」
「今すぐ斬首してやろうか?」
物騒だな!
そこは流石殺人鬼って感じだけれど。
「それとも首吊りが良いか? 介錯でも構わないぞ?」
何で首限定なんだよ!
首を切りたいだけなのか?
それとも首限定の殺人鬼なのか? ……いや、他の部位に特化した殺人鬼が居るのか知らないし、知りたくもないのだけれど。
posted by 巫夏希 at 22:40| Comment(0)
| 心霊探偵
2023年04月03日
第四話 殺人鬼と幽霊1
第四話 殺人鬼と幽霊
1
当たり障りのない毎日を送っていた――これだけを聞くと、別に刺激を求めていないならそれが理想の生活だと思うし、刺激が欲しいのであれば自ら行動しなければそれを手に入れることは出来ないと思う。
はてさて、翻ってぼくはというと、幽霊の空間に閉じ込められてから暫く入院していた。理由は……何でだろうね? 正直入院しないといけないような理由は、特段見当たらなかったような気がするし。それとも、幽霊の作り出した空間に閉じ込められた――なんて言ったから、精神科に閉じ込められたか?
……まあ、ネタバラシをしてしまうと、そんなことではなかった。あの空間で起きたことがどういう因果になったのかは分からないけれど、ぼくの足は骨折しているようだった。
大腿骨が折れていたらしい。
大丈夫か、それ?
三ヶ月ぐらい入院しないと、治らないんじゃないの。
というか、どういう事情でそうなったのかが定かではない、というのが一番のネックだ。
事情が分からない以上、いざそんなことを口にしたって理解するには程遠い。
「ってか、大腿骨が折れるってどれぐらいの怪我をしたんだか……」
普通なら、意識や記憶があっても良いはず。
けれども、そんなものが全くない――それはそれでどうなのだろう、とは思うけれど――しかし、否定ばかりしたところで何も始まらない。
しかし、病院での生活も慣れてしまえばかなり楽しい。
いや、それは言い過ぎか。
でも、自分で何から何までやらなくて良いのは、結構楽だ。当然お金はかかるのだけれど、バベルプログラムに入っていた頃に結構な金額の保険をかけていたから、そこら辺は全然問題ない。
保険は、何重もかけておいた方が良い。
余裕があるなら、という但し書きは必要だけれど。
因みに、個室だ。
四人部屋の方がお金は安く済む……。そんなことは重々承知の上だけれど、パーソナルスペースが確保出来ないというデメリットがある。そういったことも相まって、個室にすることにした。
しかし、それは成功とは言い切れなかった。
一つは、壁が薄くて五月蠅いこと。これはこの病院全体の仕組みとも言える。骨を折った以外で後は健康体そのものなのだけれど、隣にそこそこ重傷の人間が居るためか、扉は常に開け放たれている。
そして、もう一つ。
「……おや、また間違っちゃったかな?」
今、扉を開けた少女が、そうだ。
少女というか、まあ、少女だよな……。パーカーの帽子を深くかぶっていて、顔を見ることが出来ない。マスクはしていないけれど、あどけなさが残る感じだ。
「また、って。分かっているなら間違えないようにするのが、自然じゃないかな?」
何度もやってきては間違えたとだけ言って去って行く。その少女のやりとりに少し飽きが出てきたぼくは、いつもとは違う手法でアプローチしてみることとした。
入院生活も長いばかりだと、暇で暇で仕方がない。
だから、少しは違った着目点で動こうと思ったのだ。
別に、間違ったことはしていないと思う。
「……へえ」
だのに、少女は笑った。
明らかに、笑みを浮かべた気がする。
払っても払っても纏わり付くような、そんな感覚だ。
「今までは、我関せずといった感じだったのに……。急にどういう風の吹き回し?」
「いや、別に……」
暇だったから、なんて言ったら何をされるか分かったものじゃないな。
「暇だったならそうはっきりと言えば良いじゃない。隠しているからこそ、苛立つのよ」
「……?」
あれ、さっきの考えって言葉に出していたかな……。
「ああ、安心して欲しい。別に、あんたがずっと思っていたことを声に出していたなんてことはないから。心を読んだ……みたいな感じと思ってもらえれば」
「心を読んだ……か。そんなことがあるのか、実際?」
「信用していないね?」
信用すると思っているのか?
見ず知らずの人間にいきなりそんなことを言われて、納得する人間が居るとするならば――そいつはカモだよ、立派な。
「……話が逸れてしまったけれど、あたしがここに来た理由を言っていなかったっけ」
「間違いでやってきたんじゃないのか?」
もう心の中で幾ら話したって読み取られるのだから、喋っておいた方が良い。どうせ変わらないのだし。
「間違いでやってくる訳がないだろう。それも、長い間何度もこの部屋に? 有り得ない。理由がなければこんな部屋にわざわざ足を運ぶ意味がないのさ。分かるかい?」
そう言われてもなあ。
というか、ぼくにわざわざ会いに来た理由はあるのか?
全然理由が思いつかないけれどな。
「理由が思いつかない――そんな考えを抱いていそうだな。けれども、あたしはちゃんとここにやってきた理由がある。だから、あたしは何度も足を運んだ。けれども、あたしからは言わなかった……。何故だと思う?」
「……偶然を装いたかった?」
「どうした。ギアが上がってきたようじゃないか。それとも、今まではあたしを試していたのかな? だとすればそれはそれで嫌らしいけれどね」
「別にぼくはギアを上げたつもりはないけれど……。偶然を装わないといけない理由は?」
「そりゃあもう、あたしの特質だよね。体質とでも言えば良いか? 或いは、人間性とでも言えば良いか……」
ゆっくりと扉を閉める少女。
何故扉を閉めるのか分からなかったが――同時に、空気が少しだけ冷えたような気がした。
「……何をした?」
「あはは。流石に能力を使っちゃあ分かるものか。まあ、分かり切っている話だけれどね。……バベルプログラムは様々な人間が居たよね、能力を使う人間が沢山沢山沢山居た。そんでもって、忘れられてしまう能力なんて居るはずもなく……。けれども、あんただけは違う。あんただけは、バベルプログラムの中でも異質な存在だった。何故なら、バベルプログラムの中で唯一能力が顕現しなかったんだから」
「……バベルプログラムを知っている、ということは」
また、その関係者ってことか。
にしても、意外と沢山出会うものだな。いや、或いはやってきているのだろうか?
「バベルプログラムって、連絡網なんてありやしないんだよね。けれども、全員が全員唯一無二の能力を持っているから、誰が誰か分かってしまうものさ。……でも、あたしはあんたに会いに来たんだよ。目的があったから、会いに来たんだ」
「……何が?」
話が全然さっぱり見えてこないけれどな。
「あー……、まあいいや。それじゃあ少しだけ話をぐいっと進めようか。なあ、殺人鬼は殺した人間の幽霊に恨まれることがあると思うか?」
posted by 巫夏希 at 22:45| Comment(0)
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