2022年11月15日

第二話 砂時計(中編1)

 私がヒカリと職員室に到着したのは、それからそう時間も経過していない。一目散に向かったからかもしれないけれど、放課後だから先生が帰っていないかどうか少しだけ心配になっていたのも、間違いなかった。
「鈴原先生!」
 ヒカリの声を聞いて、奥からひょこっと顔を出す。
 栗色の髪を棚引かせている彼女こそが、鈴原先生だ。
 まるで人形のような、綺麗な女性だ――と私は思う。学校内でもファンは多いし。
「あら、どうしたの。ヒカリちゃん」
「先生の言っていた、神隠しが気になって」
「ああ……あれね」
 少しだけ影を落としたように見えた。
 もしかして、あまり触れられたくなかったことだったのだろうか?
「ごめんなさいね。別に、変なことでもないのに。隠れてしまったことを、神隠しって言っただけに過ぎないのに」
「でも、目の前で消えてしまったんでしょ。ほんの数秒前まであったはずの、砂時計が」
 ……え?
 ほんの数秒前まであった物が消えてしまった……って? それはちょっと、聞いていた話と違うような気もするけれど……。
「どう思う? まーちゃん」
「こっちに話を振られても困るかな……。でも、気にはなるよ。その話」
「おーっ、大人ぶっているね。別に悪いことじゃないし、良いと思うよ」
 別に、大人ぶっているつもりはないのだけれど……。
「まあ、私も困っちゃっているんだよね。何せ、大切な物だからさ……。毎日、見ているんだよ。それを」
「砂時計が?」
「砂時計って、見ていると心が落ち着くんだよね。あれって、砂が少しずつ、一定の間隔でさらさらと落ちていくじゃない? あれを見ていると、心が浄化されていくような、そんな感じがして……」
「休憩を取った方が良いのでは?」
 そして、病院にも行った方が良いと思う。
「失敬な。私の心は疲れていない――はずだよ。多分」
「自信を失わないで下さい……。それはそれで、どうかと思いますけれど」
「ぐう。大人が子供に言い負かされてしまった……。それはそれで、将来が楽しみであると言っておくことにしよう。負け惜しみ、と言われるかもしれないけれど」
「負け惜しみじゃなかったら、何なんですか」
「何だろうねえ。今度、授業で皆に聞いてみようか?」
 どうせ誰も答えられないから、出したところで時間稼ぎにしかならないような気がする。
 それがお望みなら、別に良いけれど。
「先生、先生。話がずれてしまっているようですけれど、本題に入って下さい。砂時計は、いつなくしたんですか?」
 そうだった。
 ここに来た理由を――ここにわざわざ来た理由を、忘れてしまうところだった。
 ナイスプレー、ってところかな。
「ああ、そうだった。砂時計だけれど、その時も私は砂が落ちていくのをずっと見ていたんだよ。子供に堂々そんなことを言うのはどうかと思うけれど、それを見ながらお酒をたしなむのが好きでね」
 どうかと思いますけれど。
 やっぱり病院に行った方が良いのでは?
「……何か悲しい表情が見えるけれど、気のせいで良いのかな? 良いよね?」
「わ、私に聞かれても……。まーちゃん、どうしたの? もしかして何だか疑心暗鬼になっているのかな」
「いや、そういうことではないけれど。で、お酒をたしなんでいて、砂時計を見失った……ってことなの? 酔っ払っていて、何処に置いてしまったのかを忘れている、とかではなくて?」
posted by 巫夏希 at 23:51| Comment(0) | 探し屋シロ

2022年11月08日

第二話 砂時計(前編)


第二話 砂時計


 再会したいと思っていても、再会出来ないのはどうしてだろうか?
 もしかして――何か外の力でも働いているのだろうか。

 ◇◇◇

「えっ、じゃあ、まーちゃん、行けたの? その……探し屋さんに」
 昼休み、校庭の端っこ。
 そこが私達のオアシスだった。
 数少ない友達であるヒカリに、顛末を話していたところだった。そもそもヒカリから教えてもらっていたのだし、話をしなければならないだろうな、とは思っていた。
「うん、行ったよ。ヒカリが教えてくれた通りのやり方で」
「そうなんだ……。行けたんだ。良かった」
「良かった?」
「だって、まーちゃん凄く大事にしていたじゃない。あの指輪」
 ああ、分かっていたんだ。
 ヒカリは良く私を見ているな。
「うん、大事な物だったからね。絶対に手放したくない物だったし、片時も手放そうとは考えたりしなかったから。だから、今回のようなことになってしまったのだけれど……。そこは、反省しないといけないのかな」
「そんなまーちゃんにとっておきの話を持ち込みに来たのだけれど、どう?」
「とっておき……って?」
「そりゃあもう、とっておきの。……鈴原先生は知っている?」
 鈴原先生って、あの国語の先生の?
「そう。その鈴原先生が大事にしていた砂時計をなくしてしまったらしいの。鈴原先生は必死になって探しているようなのだけれどね、どうにもこうにも行かなくなった、って言っていたよ」
「どうしてそれを知っているの?」
 まさか、先生に直接聞いた訳でもないだろうし……。
「先生が国語の授業でずっと愚痴っていたからね。大事にしていたのだけれど、ずっと教員室に持ち込んでいたんですって。だからそこでずっと飾っていたのだけれど、ある日突然姿を消してしまった……。大慌てで探したけれど、見つからないらしいよ。神隠しにあったみたいだ、って言っていたもん」
「神隠し……」
 まるで私と似たような状況だけれど、何があったのだろうね?
「とにかく、先生に話を聞いてみようよ」
「聞いて、どうするんだ?」
「もし出来るなら、探し屋さんに会ってみたいなあ、なんて」
 出来るだろうか、そんなこと。
 私利私欲に塗れているので、罰が当たらなければ良いけれどね。
「気にしなくて良いんだよ。先ずは、先生に話を聞いてみない?」
「聞いてみるのは良いけれど、探し屋に行くかどうかはそれから決める。……それで良い?」
 別に、怖じ気づいている訳ではない。
 こう何度も探し屋を頼るのが良い物かどうか――分からなかったからだ。
 特に、あの話の顛末を知っていると猶更。
「うーん……、まーちゃんがそこまで言うなら良いけれど。きっと探し屋さんも駄目とは言わないと思うよ!」
 何処から自信を持っているのか、さっぱり分からない。
 もしかして適当に言っているのだろうか? いや、数少ない友人をそう小馬鹿にしたくはないし、もしかしたら何か考えがあるのだろう――多分、きっと。
 そう胸に仕舞い込みながら、私は放課後に鈴原先生のところに話を聞きに行く約束を、ヒカリとするのだった。
posted by 巫夏希 at 20:24| Comment(0) | 探し屋シロ

2022年10月24日

第一話 ビー玉以上の(後編)


「――では、その指輪はどうしてここに出現することとなったのかな?」
 彼は首を傾げる。
「それって……一体?」
「ここはどんな失せ物でも見つけることの出来る店だ。しかし、裏を返せば失せ物でなければ探すことは出来ない――ということになる。それは分かるだろう?」
 卵が先か鶏が先か――という話だろうか。
「これは……、盗まれたの」
「盗まれた?」
 目を細める。
「簡単に言えばそういうこと、なのかな。私、こう……暗いでしょう? だから、いじめられるというか……」
 原因は分かり切っていた。
 けれども、それを簡単に変えることなどできやしない。
「それで?」
「いじめられた内容を熟々と語っていくのはそれなりに難しいことだけれど――、いじめというのはどんな小さなターゲットでもあれば、やってしまうのがいじめというやり方なのよね。それは、まあ、その通りだと思うのだけれど」
「つまり……、これが狙われた、と? まあ、大切な物は人それぞれ尺度が異なる。相手にとってみれば、こんな物が、などと思ったに違いないだろうが……」
「その通りです。こんな物、などではない……。私にとっては、大切な、大切な物だった。本来ならば持ち歩くべきではないと言われても仕方ないのでしょうけれど……」
「――絆」
「え?」
「僕は詳しくは分からないし、理解したこともないのだけれど……、要するにそういう物だろう? 人間と人間の間にあった絆を感じるためには、それを常日頃から持ち歩いておきたかった。いつでも自分の手元に置いておきたかった……。そういう人間は、良くここに訪れるよ。そして、失せ物を見つけてまた戻る」
「成る程……」
「で、どうするつもりだい?」
「どうする、って?」
「これからのことだよ。あいつらを見返してやりたいかどうか、という話だ」
「それもサービスしてくれるの?」
「最初から入っているものでね。何、慈善事業みたいな物だ」
 復讐を慈善事業とは、随分と物騒な気がするけれど。
 そんなことを思っていたら、急に眠気が襲いかかってきた――何で、このタイミングで――!
「……ああ、一つ言い忘れていたよ」
 男は、くすくすと笑いながら言った。
「失せ物を見つけると、ここには長くは居られない。ここに居なければならないという理由がない限りは、ね――」
 ――そこで、私の意識は消失した。

 ◇◇◇

 エピローグ。
 というよりもただの後日談。
 次に私が目を覚ましたのは、電話ボックスの中だった。
 電話ボックスで目を覚ましたし、お金も減っていないし、まさか夢だったのだろうか? などと思っていたら――ポケットを弄ると、指輪が入っていた。
 間違いなく、私がなくしたはずのそれだ。
「それじゃあ、あれは夢じゃなかった……ってこと?」
 夢じゃないならば、これは何だ。
 紛れもない、現実じゃないか。
 私はそう思いながら、電話ボックスの外に出た――。

 ◇◇◇

 これで終わりではなく、もう二つ程。
 一つは、次の日に起きた。私をいじめていた主犯格とその連れが、全員居なくなっていた。
 話を聞いてみると、ある人は家族の都合で転校し、ある人は事故に遭って暫く通学出来なくなり、ある人は行方不明になってしまったのだとか。
 そこまで聞いて、私はふとあの異世界の人間のことを思い出す。
 ――何、慈善事業みたいな物さ。
「……まさか、これって」
 とまで考えて、私は辞めた。
 恐ろしいことに片足を突っ込んだことは、間違いないのだけれど。

 ◇◇◇

 そして、これが最後の項目。
 感謝を述べようと、電話ボックスに行ってこないだと同じやり方で異世界に向かおうと試みた――けれども、全て失敗に終わった。
 何度やっても、何度やっても、失敗に終わった。きっと、失せ物がないからだろう――私はそう締めくくりながら、名残惜しく電話ボックスを後にした。
posted by 巫夏希 at 17:50| Comment(0) | 探し屋シロ